2020.09.30
“ロボットと人間が共存する世界を” 「次世代型全自動歯ブラシ」を開発したGenicsが描く健康の未来
咥えるだけで誰でも簡単に正しく歯磨きができる「次世代型全自動歯ブラシ」を生み出した、株式会社Genics。
自力で歯を磨くことが困難な高齢者が生活する介護現場での提供を目指し、製品開発を進めています。大学時代からロボットの研究を始めてプロダクトを生み出した、代表取締役の栄田 源さんにお話を伺いました。
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面倒な歯磨きを効率化するため、次世代型全自動歯ブラシの提供を目指す
――株式会社Genicsが現在開発している「次世代型全自動歯ブラシ」について、教えてください。
栄田 源さん(以下、栄田さん):次世代型全自動歯ブラシは、いつでも・誰でも・簡単に歯磨きができるプロダクトです。複数の歯ブラシを小型電動モーターによって振動させ、歯列に沿って動かすことで、ブラシが歯の全面に当たり、短い時間で正しく歯を磨くことができます。
ピンポイントで磨きたい部分があればそこでブラシを止める、歯がない部分にはブラシを当てないなど、その人の状態に合わせて磨くことも可能です。同じく開発中のアプリと連携させれば、データを自動送信して歯磨きの記録や口腔内の状態を管理することもできます。
強く磨かなくてもしっかり汚れを落とすことができるうえに、唾液の殺菌効果を利用するため水がなくても歯垢を除去できるというメリットも。歯の外側と内側を同時に磨けばわずか30秒で歯磨きが終わるので、時間と手間の削減にもつながります。
――栄田さんが次世代型全自動歯ブラシを提供する会社を立ち上げようと考えたきっかけは何だったのでしょうか。
栄田さん:大学院の修士課程に進んだとき、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出プログラムに全自動歯ブラシのアイデアで応募し、採択されたことがきっかけでした。
新しいチャレンジをするためにどのテーマで応募しようか考えたとき、日常で面倒だと感じることを自動化してくれるロボットがあると良いなと思ったんです。そこで面倒なことを挙げていったら、歯磨きが浮かびました。ただ咥えておくだけで口腔内環境を綺麗に保つことができる歯ブラシを作れば、今まで歯磨きに費やしてきた時間を削減しながら誰でも正しく歯を磨けるようになる。そう考え、歯磨きで応募することにしました。そして何より、人々の健康維持をサポートしたいと思いました。
――アイデアはたくさん出ていたと思いますが、なぜ歯磨きに絞られたのでしょうか。
栄田さん:日常で面倒なこととして、掃除や服をたたむなどのアイデアも出ましたが、すでに開発されていたり特に健康に影響しないものばかりだったんです。しかし、歯磨きは正しく行わなければ健康に悪影響を及ぼしてしまうものだと調べてわかったので、歯磨きを選びました。
口腔機能が衰えると全身の機能が衰えてしまうので、口腔ケアは非常に重要なんです。食べる・話す・噛むという口を使う動作ができなくなると、認知症が一気に加速するという報告もあります。ただし、高齢者など自分で歯を磨けない人もいるため、咥えただけで磨ける歯ブラシがあれば使ってもらえるだろうと思ったんですよね。
また、口腔内環境が悪化すると、全身に悪影響が出てしまうこともわかっています。口腔内環境が悪くなって話さなくなると、口周りの筋肉を使わなくなるので口が開けにくくなる。そうすると、ごはんも食べられなくなる。そして口内の環境がどんどん悪化して、バイ菌が発生する。それを飲み込むことで、肺炎などの病気につながってしまうのです。正しく歯磨きができていないと歯周病にかかりやすく、そこから全身のさまざまな病気が誘発されるケースも多くあります。
歯磨きの重要性を浸透させ、負担軽減と健康維持につなげたい
――口腔内環境を整えることの重要性は、日本ではあまり知られていないかもしれませんね。
栄田さん:そうなんです。日本に住んでいる人はあまり予防医療に馴染みがなく、定期的に予防歯科を実践している人は20%以下しかいません。病気の発生を防ぐ一次予防をしないため、病気を発見して早期治療を行う二次予防やリハビリが必要な三次予防にまで進行してしまう。本来であれば一次予防で病気を防ぎ、どれだけ健康を維持できるかを考えることが重要です。
口内健康でいえば虫歯も良くない状態ではありますが、病気として認知されている歯周病も問題です。歯周病になると病原菌が歯と歯茎の間に溜まり、そのうち全身へ行き渡ります。そうすると心臓病のリスクが高まる危険性もあるので、健康で長生きするために歯周病は防がなければなりません。
――御社は「口腔ケアから介護現場に革命を!」というミッションを掲げられていますが、それは介護現場で特に次世代型全自動歯ブラシが必要だと考えられているということでしょうか。
栄田さん:そうですね。健康で長生きするためには介護施設でも高齢者の口腔内環境を整える必要がありますが、介護士の方は歯磨きのプロではありませんし、他人の歯を正しく磨くのは難しいものです。また、他人に磨かれるのを嫌がり自分で磨く方の中にも正しく磨けていない方はたくさんいると思います。
そこで、介護士の時間短縮と労力削減につなげながら高齢者の口腔ケアがきちんと行えるよう、介護施設に次世代型全自動歯ブラシを導入してもらうための準備を進めています。
――次世代型全自動歯ブラシの開発によって、御社が目指していることを教えてください。
栄田さん:口腔ケアの重要性があまり世の中に浸透していないので、口腔内を健康に保つことが全ての健康につながるという意識を多くの人に持ってもらったうえで、介護士の負担軽減と高齢者の健康維持の両方を叶えたいと思っています。
次世代型全自動歯ブラシを使うときは、口を開けたり噛んだりする必要があります。そのため、歯磨き中に噛むトレーニングもできるんです。口を開けて噛む動作を繰り返すことは口腔機能の維持に必要なので、次世代型全自動歯ブラシを使うことで歯磨きをしながら口腔健康につなげられます。
全ての人の口腔内の健康を維持したいという想いはありますが、1番困っているのは自力で歯を磨けない人です。本当に必要としている人から使っていただくため、まずは介護現場にアプローチしています。
――栄田さんは、そもそもなぜロボットに興味を持たれたのでしょうか。
きっかけは、高校生のときに観た映画『アイアンマン』でした。ロボットを操縦するのではなく、ロボットが人間の身体を拡張して自分以上のパワーを出してくれるところに惹かれたんですよね。
そして早稲田大学の総合機械工学科へ進学し、ロボットの研究室に入りました。どの分野がおもしろいか考えた結果、手術など人間がやることをサポートして安全性を高められるロボットに興味が湧き、医療用ロボットの開発グループに入ったんです。
――ロボットの研究室へ入ってから今に至るまでの経緯をお聞かせください。
栄田さん:初めて歯磨きロボットの構想をしたのは、2015年でした。2015年10月にプロジェクトが採択されて補助金をいただき、プロトタイプ1を作ったんです。それは半年間のプロジェクトだったので2016年3月に終了し、その後は1年間海外留学をしていました。
帰国してから再度歯磨きロボットの研究をして、修士論文にまとめます。製品として実用化させるところまでいきたい気持ちがあったので、2018年4月に博士課程へ進学すると同時に起業しました。VCから資金を調達できる見込みがあったので、会社を設立した形です。
そしてプロトタイプのブラッシュアップを重ね、2019年にはラスベガスで年に1度開催される見本市であるCESへ出展しました。そこからさらに改良をして、2020年現在は現場で使える次世代型全自動歯ブラシを作っています。
実験を繰り返しながら、より使いやすくブラッシュアップ
――次世代型全自動歯ブラシの提供に向けて御社が現在行っている調査や研究について、お聞かせください。
栄田さん:今は歯列を知るために、高齢者の方や自分たちの歯形を取っています。歯列は一人ひとり異なるので、形状を見比べて歯ブラシのサイズや動かし方を研究し、全部の歯に当たるよう試行錯誤しているんです。現時点での次世代型全自動歯ブラシは、若い人でも高齢者でも使える形状になっているのが特徴です。
また、介護施設を訪問して実証実験に協力してもらっています。高齢者は口を開けられない人も多いですが、トレーニングをしなければ口を開けることは難しいので、今はきちんと口を開けられる人の口腔内環境をいかに整えていくかを考えて実験を進めています。
――実際に高齢者の方に次世代型全自動歯ブラシを使っていただいたときの反応はいかがですか。
栄田さん:最初は慣れない人もいますが、まずは現段階で使用可能な人に絞って検証をしています。介護士の方が高齢者に次世代型全自動歯ブラシを使うことで、実際にどれほどの時間や手間を削減できたかも、現在評価しているところです。
マッサージのように優しく磨くので、気持ちいいと思っていただければ高齢者の方にも使ってもらえるはずです。ただし、今作っている製品はブラシが多いので、もう少し小さくしたいとは思っています。きちんと全体を磨ける一方でなるべくブラシを少なくできるよう、改良を進めています。
実験は施設の方に協力していただくだけでなく、開発に携わる自分たちでも日々行っているんです。1日3〜4回は、次世代型全自動歯ブラシを使って歯を磨いていますね。そして磨いたあとに歯医者へ行き、きちんと磨けていると評価されれば、機能的に問題がないということになります。
――次世代型全自動歯ブラシの開発にあたり、苦労された点はありますか。
栄田さん:どうやって人間に合わせていくかを考えるのが大変でしたね。普通の歯ブラシも電動歯ブラシも、正しく歯に当てなければ汚れは取れません。そして、どちらも動かし方は人間に任せきりなので、使い方が悪くて汚れが落ちないのは使う人の責任なんです。
一方、私たちは全自動を目指しているので、汚れが取れなかったらそれは全て機械のせいです。誰が使っても、きちんと汚れを落とせるものにしなければならない。ロボットに特化できても歯に関しては専門家ではなかったので、製品開発のため歯磨きを1から勉強しました。
あとは、研究ではなくビジネスとして成立させるのに苦労しました。それっぽいものを作れたとしても、現場で壊れず使いやすいように改善しなければならないので、そこは時間がかかりますね。大元の原理は私が作った大元の原理をベースにチームメンバーで改良を加え、製品として落とし込む量産設計は経験がある人にサポートしてもらっていますが、大体朝9時から夜10時までは頭を悩ませています。
最初は明確なゴールがないので、もっと改良したいけどここまでできたら商品化するという線引きも難しいです。でも、これまで学生の研究成果が商品化につながった例がまだ少ないので、自分がやり遂げたいと思っています。
エイジテックを推進し、ロボットと人間が寄り添う世の中に
――高齢者向けのテクノロジーであるエイジテックを推進する企業として、日本のエイジテックの現状についてどのようにお考えですか。
栄田さん:エイジテックは国際的にも討論が盛んに行われていますが、日本は大幅に遅れていると言わざるを得ません。
例えば、ヨーロッパには健康保険料が無料の国もあり、そういった国では施設に入る人が増えれば増えるほど国の予算が圧迫されてしまいます。できるだけ施設に入る人を減らすため、高齢者の健康を維持してなるべく在宅で過ごせるようにしているそうです。
だからこそ、健康寿命を伸ばすことにつながるエイジテックは積極的に受け入れられているのです。さらに、施設で働く人の健康維持も重視しているので、ロボット技術を含めた便利なものが介護士の負担を減らすとわかれば、すぐに導入につながります。
一方日本は、70歳を過ぎて一気に健康状態が崩れてしまうのは仕方がないと考えられがちです。そのため、歯磨きなど健康寿命を伸ばすことができる日々の積み重ねがあまり浸透していません。エイジテックを進めるためには、世の中全体の意識を変える必要があるのです。
日本では、介護士の負担を軽減できるはずのテクノロジーの導入が進んでいません。日本全体がまだテクノロジーリテラシーが低いうえに、多くの人が現状のプロセスを壊したくないんだと思います。しかし、それでは介護士の方の負担がいつまでも軽減されませんし、施設で暮らす高齢者の健康寿命の延伸にもつながりません。だからこそ、当社は新しい形の口腔ケアを浸透させて、介護現場に革命を起こしたいと考えているのです。
――御社の今後の展望をお聞かせください。
まず、現在開発中の次世代型全自動歯ブラシは、2021年中には製品として販売したいと考えています。そして、最終的には歯ブラシの他にも人間に寄り添っていく技術を提供するつもりです。
体を洗ったり髪を乾かしたりといった面倒な日常の行動を自動化することで、人々がこれまで必然的に時間を割いていた物事を効率化したいです。ロボット技術は分野が限られていないので、どんなことにも対応できると思います。
誰もがいずれは高齢者になるので、そのときが来てもみんなが幸せでいられるようにしたいです。そのために、私たちはロボットと人間の共存を目指しています。今はロボットが人間の仕事を奪うと考える人も多く、双方が寄り添うような取り組みがまだあまりなされていません。しかし、ロボットが完全に人間の役割を代替することはあり得ないと思うので、もっとロボットと人間が寄り添うポイントについて考える必要があります。
ロボットが足りない部分と人間が足りない部分をそれぞれ補い合うのが、ベストな状態だと思うんです。だからこそ、日常生活で人間に触れるようなロボット技術を活用したプロダクトを作っていきたいですね。
――ただ日常生活を便利にするだけでなく、健康にもつながる次世代型全自動歯ブラシ。そして、年を重ねても幸せで暮らすために役立つロボット技術。御社から今後登場する製品に期待しています。本日はありがとうございました。