2020.09.07
"触れることで患者に安心感や信頼感を与える" スウェーデン発祥の「タクティール・ケア」とは
近年、国内では充実したサービスを提供する介護施設が増えてきていますが、まだまだ福祉の現場では課題も多く、高齢者介護のあり方が模索されています。
特に自分の身体が自由に動かせなくなってきている高齢者に対しては、その方が必要とする生活面での補助だけでなく心理的またはケアも欠かせません。
不安やストレス、痛みなどを抱える高齢者へのケアの方法の一つに、タクティール・ケアがあります。
index
タクティール・ケアとは?
タクティール・ケアという言葉を聞いたことのない方は多いかもしれません。
タクティール・ケアとは、福祉国家として知られるスウェーデン生まれのタッチケアで、1960年代に未熟児ケアを担当していた看護師によって始まりました。
その看護師は、担当していた未熟児に対し、実の母親が我が子に対して慈しむように愛を持って毎日やさしく触れていたそうです。
その結果、患者の体温が安定し体重の増加が見られたため、看護師は触れることの有用性を確信しメソッドを作ることにしたのです。
タクティール・ケアは、乳児だけでなく高齢者にも、健康な方から看護や介護が必要な方にも幅広く活用されており、国内の病院や介護施設などでもタクティール・ケアを取り入れるところが出てきました。
タクティール・ケアの効果
タクティール・ケアは、その語源(ラテン語でTaktilis=触れる)にもあるように、自分の手を用いて相手の背中や手足にやさしく触れるというシンプルなものです。
やさしく触れることによって、幸せホルモンと呼ばれるオキトシンが分泌され、患者に安心感や信頼感を与えるといわれています。
タクティール・ケアに期待できる効果は大きく分けて2つ、「不安やストレスの軽減」と「痛みの緩和」です。具体的には、次のようなことが患者に見られると考えられています。
・穏やかな表情をすることが多くなる
介護の必要な方の中には、思うようにならない(身体が思うように動かせない)など様々なストレスから、周りの家族や介護者に対して攻撃的な言葉や振る舞いをするようなってしまう方もいます。そのような方にタクティール・ケアを行うと、攻撃的な行為が減り、穏やかな表情を見せることが増えるようになります。
・行動に落ち着きが出てくる
部屋をうろうろしたり、建物の外へと出かけたりしてしまうなど、落ち着きのなさが見られる場合もタクティール・ケアは有効だと考えられています。ケアを行うことによって落ち着き感が出てくると、長く座っていることが増えたと実感できるようになるでしょう。
・痛みの症状を訴えることが少なくなる
何かの病気による痛みがあるわけでないのに、いつも痛みを訴える方もいます。痛みは、気持ちや認知の状態によっても左右されるものなので、不安感があり気持ちが不安定な状態だと「痛い、痛い」と言うようになったりします。しかしタクティール・ケアによって気持ちが安定してくると、口癖のようになっていた「痛い」が減り、実際の痛みの症状も和らぎます。
・夜、よく眠れるようになる
ホルモンのバランスが崩れたり、痛みや不安などが増してくると、夜間の立ち歩きやトイレの回数が増えたりして、ぐっすり眠ることができなくなってしまいます。良質な睡眠が取れないと、人は誰でも不調になります。高齢者の中には、普段から眠剤を処方してもらっている方も少なくありません。そうした薬に頼った睡眠ではなく、自然とぐっすり眠れるような日常が、タクティール・ケアによって訪れるかもしれません。
・身体の冷えが軽減する
身体を動かせなくなってきている高齢者は、日常的に運動不足の状態です。汗をかきにくく体温も低めな方が多いため、冷えを感じている方も少なくありません。タクティール・ケアの最中は、ケアを行う人の体温が伝わりじんわり温かいと感じられますが、ケアが終わってからも温かい感じが続き、冷えを感じにくくなります。
・便通が良くなる
タクティール・ケアをしていると、腸が活発になっている音がしたり、便通がよくなったと感じる方もみえます。腸の働きが活発になると食欲も増してきて、調子が整ってくることが期待できます。
タクティール・ケアのやり方
タクティール・ケアは、手や足、お腹、頭、顔などへのケア方法がありますが、この記事では約10分程度で行える背中に行うタクティール・ケアの手順をご紹介します。
ケアを行う時は、始めから終わりまで背中から手が離れないようにしましょう。
- 肩に手を置く
-
両手を相手のかたに置き、ケアを始めることを伝えます。
- 手を背中へと滑らせる
-
両手を肩から滑らせるように背中の中心へと移動させ、両手を揃えて中心から外側に向けて楕円を描くように触れます。背中の外側まできたら、また、最初の位置に手を戻します。
- 片手ずつ交互に背中をさする
-
両手を肩から背中の中心に移動させ、片手ずつ交互に外に向けて一周します。
- 腰から背中をなぞる
-
両手を腰の低い位置に当て、その手を中央に寄せます。そして背骨に沿って肩まで触れ、そのまま背中の輪郭をなぞります。
- 腰から背骨を沿って肩までなぞる
-
同じように腰の低い位置から首に向けて、両手で小さな楕円を描きます。首まできたら、両手を肩に置きます。
- 首から背骨を沿って左右へ
-
首から背骨に沿って触り、次に左右の肩からわき腹に沿って触れます。終わったら、手は腰の低い位置に戻します。
- 両手で背中の隅々を触れる
-
片方の肩に手を置き、両手で背中の隅々まで触れます。触れていないところがないように注意しましょう。
- 背中を中心に両手を移動させる
-
背中の中心に両手を移動させます。中心から外側に楕円を描きながら、背中の外側へと移動させます。外側まで触れたら、両手を肩に戻します。
タクティール・ケアを学ぶには、株式会社日本スウェーデン福祉研究所の開催している研修プログラムを受講する必要があります。また認知症の方へ業務としてケアを行うには認定資格が必要です。
タクティール・ケアが認知症緩和にも役立つ
タクティール・ケアは、認知症緩和にも役立ちます。
認知症のように、言葉でのコミュニケーションがうまく図れなくても、触れることによりコミュニケーションが図れ、心理的不安感や痛みなどが緩和されるといわれています。
認知症緩和ケアについては、1996年にスウェーデンにある財団法人シルヴィアホームから始まりました。
認知症緩和ケア理念には4つの柱があります。
<認知症緩和ケアの理念>
- 本人を中心とした症状コントロール
- 認知症の人の家族への支援
- 互いを尊重するチームワーク
- 本人が望むコミュニケーション方法によって良い関係を築く
例えば部屋から出てこられず、自室にこもりがちな方に対して定期的にタクティール・ケアを実施していると、自室から出て他の人とコミュニケーションが取れるようになるなど、タクティール・ケアをしてもらった方には様々な変化が見られています。
タクティール・ケアは、一見「触れる」だけのものだと思われますが、肌と肌とのふれあいによる非言語コミュニケーションの一つだと考えられます。
薬では治すことのできない心の痛みは、タクティール・ケアを用いることで和らげてあげられるのです。
幸せな老後生活を送るためにぜひ、試してみてはいかがでしょうか?